2021年2月6日土曜日

【速報】新潟少女監禁事件の犯人を変死体で発見

  

病死と判明しています。



新潟少女監禁事件の犯人が変死体で発見されていた

2000年に逮捕された新潟少女監禁事件の犯人が遺体で発見されていたことがわかりました。

死亡の様子を、新潟日報は次のように報じている。 《17年ごろに自室で倒れているのが発見された。検視などによって病死が確認されたという。病名は不明》

引用元:新潟少女監禁事件の元受刑者は死亡していた 性犯罪事件で逮捕された「ミスター慶応」との接点(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース

犯人は2015年に出所し、その後住んでいたアパートで2017年頃変死体で発見されました。

何者かに殺害されたということではなく病死だったのです。




小学生女児を9年間…日本中を震撼させた新潟少女監禁事件

新潟少女監禁事件とは、当時小学生だった少女が佐藤宣行元受刑者に誘拐されおよそ9年間監禁状態におかれたという事件です。

1990年に誘拐された9歳の少女は、解放された2000年には19歳となっていました。



少女をスタンガンで暴行、入浴は週1度流し台で…

佐藤宣行元受刑者逮捕のニュースは大きく報じられ、当時小学生だった自分も衝撃を受けました。


ニュースで見聞きした情報によれば、佐藤元受刑者は自室に監禁していた少女にスタンガンを押し付けるなどの暴行をはたらいていたということです。

さらに行動も著しく制限し、約1畳分の範囲の歩行しか許さなかったのです。

それにより少女の筋力は低下していきました。


また食事もカップ麺と時々少しずつ与える程度で、入浴に関しては週1度、それも流し台で行うよう命じていたのです。


佐藤元受刑者は少女を監禁中母親と同居していましたが、母親は彼から家庭内暴力を受けていました。

メディアによっては調査に入った保健所の職員が少女を発見したと報じられていますが、逮捕当時のニュース番組では母親が毛布にぐるぐる巻きになっていた少女を発見したと報じられていました。




新潟少女監禁事件のその後 犯人は改名、生活保護

解放された少女は心身のケアが急がれ、一方佐藤元受刑者は服役し、出所後は改名し生活していました。

姓を変えただけですが、彼を新潟少女監禁事件の犯人と知る人は周りにはほとんどいません。


彼の服役中に母親は亡くなり、出所後一時は福祉施設が面倒を見ていたようです。

その後生活保護を受けてアパートで生活していました。

そして心臓発作でも起こしたのか、54~55歳で死亡しました。



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